第3回「海洋の物理」
石森繁樹
(1) 波浪
密度の違う空気と海水がそれぞれ違う速度で運動すれば、水面が不安定になり起伏(波)ができます。風が吹くと海面に波が立つということです。これを風浪といいます。風はもともと強くなったり弱くなったり変動しますから発生する波もいろいろな大きさの波が入り混じっています。形状も動きも複雑な風浪(図1)を正確に表現することは簡単ではありませんが、ふつう確率統計的な考えを根拠にしたスペクトル法(7)が用いられます。風浪をいろいろな波の集合と見たて、どの波長帯にどれだけの波エネルギーが存在するかを知り、波高や周期などの物理量を求める手法です。これによれば、天気予報で波高2mの波という場合は目視で約2mの波という意味であり、1000個に1個はこの2倍すなわち4mの高い波も混じる可能性があると解釈しなければなりません。
風浪は風速、風の吹き続く時間(duration)、風の吹き渡る距離(fetch)の3要素によって発達の度合いが決まり、このいずれもがある大きさ以上になれば十分に発達します。反対に、例えば吹き続く時間が十分でなければ、これが制限因子になって大きな波に成長できません。台風の暴風域では風浪が十分に発達して海は大時化(しけ)になります。風浪は波長によって位相速度が異なる分散性の波動で、長波長の波ほど早く進みます。台風の余波である土用波は、大時化の海から一群の波が足並みを揃え整然とやってくるうねりです。風浪とうねりをあわせて波浪といいます。
ランダムな風浪を波の集合と見たてることは前述しましたが、そのもっとも基本となる波は正弦波です。静かな水面に風が吹くと漣(さざなみ)ができます。これは風のストレスの微小変動で生じる波で、表面張力を復元力としています。さらに風が吹き続け水面へ連続的に運動量が与えられると、重力を復元力とする波になり、きれいな形をした正弦波として水面を伝播していきます。
正弦波が水の波の基本として登場する背景はこうです。(表面)重力波の理論は二つの基礎方程式と波の運動に関する境界条件および波の力学に関する境界条件によって構成されます(資料参照)。流体の圧縮性と粘性を無視し、外力は重力だけを考え、波の振幅は波長や水深と比較して非常に小さいと仮定して方程式と境界条件を線形化すると正弦波の解が得られます。この解は線形性のゆえに水面を独立に伝播するからランダムな風浪を記述するうえで好都合です。
このような考察から、水深hの海に波長λの重力波があるとき、波は(1)式の位相速度cで進むことが知られます。(2)式は波長が水深より小さな深い海(h>λ)の波の速度です。この波を深海波といいます。(3)式は波長が水深より大きな浅い海(h<λ)の波の速度を示します。この波を浅海波といいます。
深海波は速度が波長の関数で、大きな波ほど速く進む分散性の波動です。深海波にはつぎのような性質があります(資料参照)。
*深海波に伴う水粒子の運動の軌跡は円になり、海面から半波長の
深さでは波の動きはほとんどなくなります。
*波のエネルギーは波高の2乗に比例して大きくなります。
*波のエネルギーは群速度(深海波の場合は位相速度の半分)で
伝播します。
フォ
(2)海流
風は波を生じるだけでなく、海流の起動力にもなります。風の応力で表層の海水が流されると粘性によって直下の海水も動き出します。こうしてできる海流を吹走流(すいそうりゅう)(2)といいます。海水の動きが緩慢なため地球自転の影響が効いて表面の海水は風下右45度の方向に流れます(北半球の深い海で)。表面から深くなると流れが弱くなり、方向もさらに右へ向くようになります(図2)。海流が生じる深さ(せいぜい100mです)までの平均をとると吹走流は海水を風下の右直角(北半球で)に運んでいるのです。これをエクマン輸送といいますが、この面白い結果は海面から海流が認められる深さまで海水の質量輸送量を積分することで導かれます(資料参照)。地球上の風系の変化に対応してエクマン輸送の水平収束や発散が起これば鉛直方向に運動量が運ばれて海水の動きが100m以深に達することがあります。北太平洋の亜熱帯高圧帯の北側では偏西風が吹き、南側では貿易風の東風が吹いています。その結果、海の表層に時計回りの循環が形成され、上記のエクマン輸送により海水が中央部に集められて高圧帯の水面が盛り上がります。実はこのとき表面だけでなく海面下にも時計回りの循環が形成されます。これは、海のある深度に水平面を想定すると盛り上がった水面の真下で水圧が高くなり、その面内に高気圧(気象用語を借用して)が出来るからです。この循環は赤道海域を東から西へ流れる北赤道海流、フイリッピンにつきあたり北上する黒潮(暖流)、その続流が中緯度帯を西から東に流れる北太平洋海流、さらにこれが北米大陸につきあたり南下するカリフォルニア海流という四つの海流で還流(gyre)を形成します。このような還流は亜寒帯にも見られ、そこでは反時計回りの海流系となり大平洋の西端を北から南へ親潮(寒流)が流れています。このような海洋表層の水平循環は風(図3)によって駆動されるので風成循環といわれます(図4)。当然ながら、還流は大西洋やインド洋にも存在します。
海流の中には黒潮やメキシコ湾流など大洋(ocean)の西を流れる海流が強くなるという特徴があります。これは地球自転の効果が緯度によって変化するために起こる現象で海流の西岸強化として知られています。
北赤道海流に対して南半球では南赤道海流が西向きに流れていますが、両者の間の赤道海域には湧昇といって下層から冷たい海水が上昇しています。これはエクマン輸送によって北半球の北赤道海流が海水を北に運び、南半球の南赤道海流が海水を南に運ぶため、その間の失われた海水を埋めあわすために湧き上がる現象です。湧昇は下層の冷たく養分に富んだ海水を表層にもたらすので植物プランクトンが繁殖し良い漁場が形成されます。赤道海域のほかにはカリフォニアやペルーなど大陸の西岸沖にも湧昇が見られます。
図2 エクマンの螺旋(北半球)
図3 年平均の海上風(m/s)(3)(ECMWFデータによる)
フォーム
フォームの終
図4 風成循環の模式図(3)
前回学習したように海は表面から暖められ表層、水温躍層、深層の安定な成層構造をしています(図5)。熱の拡散は海水温を一様にしますから、永年的な水温躍層の存在は不思議な現象といえます。また、全海水の75 % を水温3.5 ℃ 、塩分34.7 psuの冷たい水塊(図6)が占めるという事実は表層の暖かい水の下で盛んな混合が起こっていることを暗示しています。
図5 水温と密度のプロフィール(4)
図6 四角で示される海水(水温-塩分)
が全海洋の75%を占める(5)
こうした深層の循環は極域から重い海水が沈みこんで生じます。大西洋の北部グリーンランド沖と南極海のウェッデル海では冷却と塩分の付加により高密度になった海水が沈降し深層に対流をひき起こします。あらたな海水の闖入により深層のあちらこちらで上昇流ができます。自転する地球流体の性質(6)により、これは水柱の伸張を介して深層の表面付近で南北へ向かう水平の流れを生じます。沈み込んだ冷たい海水は大洋の西岸で強化されて南下します。海水の密度の違いに起因するこの深層の流れは熱塩循環といわれます。図7はこの様子を応用数学者のStommel,H.が50年ほど前に描いたものです。沈降した海水が大西洋、インド洋、太平洋の深海を流れ、やがて風成循環の表層海水と混合しながら再浮上しています。2千年の旅といわれる深層大循環が少数の特定箇所から沈んだ海水によって駆動されているとしたら大変面白いことです。
図7 深層循環の模式図
(ストンメルによる)
まとめ
1 ふつう目にする海の波は風がつくる風浪である。分散性の波動であ
るため浪源から離れたところには整然としたうねりとして伝播してくる。風浪とうねりをあわせて波浪という。
2 波浪は波長が海の深さより長いか短い(小さい)かにより、性質が
異なるので深海波と浅海波に区別する。
3 波形は位相速度で進行し、波浪のエネルギーは群速度で進む。
4 海洋には風成循環と熱塩循環がある。
5 吹走流は表層で風下右45°方向に流れ、鉛直方向には螺旋を描
いて減衰する。全体として海水を右直角方向に輸送する。エクマン輸送という(北半球で)。
6 表層の循環はせいぜい1000mまでの深さに限られる。
7 深層の循環はグリーンランドとウェッデル海から沈みこむ重い海水
により駆動される対流で熱塩循環といわれる。
8 永年的な水温躍層の形成には熱塩循環に伴う上昇(湧昇)流の存在
がある。
よくある質問
① 日本海という呼称は世界的なものか
(韓国では東海と呼ぶと聞いた)
(答)古くはクルゼンシュタインの世界地図(1815)にイポンスカヤ・モ
ーリエの記載があるという。東海、西海、南海、北海なる用語は日本でも他国たとえば韓国でも用いられる。東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる(石川啄木)を想う。
② 海底火山は水温を上げるか
(答)海水温はほぼ太陽エネルギーによって支配されるが、地熱や海底
火山の影響も微弱ながら存在する。
③ 世界の海の最深部の深さはいくらか
(答)マリアナ海溝(11°22′N、142°36′E)の10920m(海上保安庁
観測)である。
④ 寒流の水は海底の水のことか
(答)否。日本周辺では親潮やリマン海流のように寒帯起源の海水のこ
とで、熱帯起源の暖流の海水に対比して使われる。
⑤ 海水はどうして塩辛いか
(答)地史の教えによれば固体地球からの脱ガスは水蒸気、二酸化炭
素、窒素、硫黄、鉄、塩素などを成分としていた。主成分の水蒸気は雨となり凹地にたまり、やがて亜硫酸ガスや塩酸ガスが溶けて酸性と化した。陸上からCa2+、Mg2+、Na+、K+などの金属イオンが海に流れこみ中和されると、二酸化炭素が溶けこみ、Ca2+はCaCO3として海底へと除かれた。こうした過程をへて塩辛い海水ができた。
⑥ プレートはどうして動くのか
(答)地球内部は地球形成時の余熱と放射性元素の崩壊熱でゆっくり
流動している。すなわち、地下深部の高温物質が上昇して海嶺山脈をつくり、地表で冷やされた物質は海溝から地中深く沈み込む、こうした大規模な対流が何億年の時間をかけて起きているとするのがプレートテクトニクスの考え方である。これによれば、プレート運動の3大原動力は、海嶺の海洋プレートを押す力、マントルのプレート下底を曳く力、および、海溝で落ち込むプレート(スラブslub)が後続のプレートを引っ張る力と考えられている(7)。
参考文献
(1) 流体力学の教科書、例えば高野暲著「流体力学」
岩波書店、1977
(2)宇野木早苗、久保田雅久著「海洋の波と流れの科学」
東海大学出版会、1996
(3)Huang,R.X. Ocean Circulation、 Cambridge、
2010
(4)Thurman,H.V. & Trujillo,A.P. Ocaenography、
Prentice Hall、2002
(5)Millero,F.J. Chemical Oceanography、CRC、2006
(6)木村竜治著「地球流体力学入門」東京堂出版、1983
(7)鳥海光弘、玉木賢策ほか著「地球内部ダイナミクス」
岩波書店、1997