2012年5月アーカイブ

6回「海洋基本法

石森繁樹

6.1 海の国際法

古くから国家は海の恵み・便益・安全をめぐって様々な議論をしてきた。たとえば海洋資源の代表格である魚についてはイギリスとノルウェーの間に漁業紛争があり、イギリスとアイスランドの鱈戦争(1)があった。こうした問題を解決するためには法の力が必要となる。国際社会は、あるときは慣習法に従い、あるときは条約を結んで海の権利義務関係を規定してきた。こうした海の決まりは、結んだ条約は遵守するという国家の明確な意思に支えられてはじめて有効性が発揮される。

歴史の教えによれば、中世の都市国家群が地中海において海の領有権を主張したのを皮切りに16-17世紀には北欧やイングランドが排他的漁業水域をめぐり海の線引き論争を起こした。この風潮はグロチウス(Hugo Grotius1583-1645)の「自由海論」やセルデン(John Selden 1584-1654)の「閉鎖海論」(2)をうみ、18世紀になると多くの国が領海を主張するようになった。領海の幅(3)について、バインケルスフーク(Cornelius van Bynkershoek1673-1743)は大砲の着弾距離(3海里が当時の標準値)をもって沿岸国の領海とすることが妥当であると説いた。以来この3海里説が広く受け入れられたが、領海として4海里、6海里、12海里などを主張する国も存在した。

2次大戦後、米トルーマン大統領が公海上の漁業規制と大陸棚宣言(4)を行うと、これに同調して中南米諸国を中心とする国々が広い海域を自国の領海あるいは経済水域と主張するようになった。国際慣習からすれば海の秩序を乱すこのような国際社会の環境変化に対応して、海事問題を解決すべく包括的な「海の憲法」づくりが開始された。 

第一次海洋法会議が1958年ジュネーブで開催され、「領海及び接続水域に関する条約」、「公海に関する条約」、「漁業及び公海の生物資源の保存に関する条約」、「大陸棚に関する条約」(ジュネーブ海洋法4条約といわれる)が採択された。1960年の第二次海洋法会議では領海(6海里)プラス漁業水域(6海里)の審議が行われたが失敗に終わった。ここまではいろんな水域設定が提案されても基本的に公海以外の領海などは狭く押さえるという意思が働いていた。1967年にはマルタの国連大使パルド(Arvid Pardo1914-1999)が国連において、公海における深海の海底資源は人類の共同財産(the Common Heritage of Mankind)であると提唱した。1972年、ケニアが資源ナショナリズムの台頭を背景に200海里の排他的経済水域構想を提起すると、アフリカ、アジア諸国、ソヴィエトなど多くの国がそれを支持した。こうした提案は従来の伝統的な考え方に見直しを迫るもので、その後の審理に大きな影響を及ぼした。

第三次海洋法会議(1973-1982年)は10年に及ぶ審議の末、1982年に海洋に関する包括的な国連海洋法条約を採択した。こうして沿岸国の主権が領海(12海里)、排他的経済水域(200海里)、大陸棚(最大350海里)に及ぶようになり、世界は200海里時代に突入した。いまや海の40%はいずれかの国の管轄下に属し、自由な海はわずか60%とたいへん狭くなってしまった。

水平線までの距離はどれぐらい?

 

眼の高さがh (m)のとき水平線までの距離x (海里)はおおよそ次式で求められる。

      x =2√h

したがって、領海12海里は約33mの高さから見た水平線までの距離に等しい。

 

6.2 海の憲法

海の権利義務関係を律する国連海洋法条約(5)United Nations Convention on the Law of the SeaUNCLOS)は1982年に採択され、1994年に発効した。平成192月現在、152カ国が本条約を締結している。本条約は全17320条の本文と9つの附属書から成る長大な法体系で、領海、公海、大陸棚といった従前の分野に加え、国際航行に使用される海峡、排他的経済水域、国際海底機構、紛争の解決のための国際海洋法裁判所設立など新たな規定が設けられた。主な内容を要約すると、沿岸国の主権関連:領海が12海里、排他的経済水域(EEZ)が200海里と定められた。これにより沿岸国はEEZ内で漁業、鉱物資源、海洋汚染防止について主権をもつことになった。船舶の航行関連:領海における無害通航権と国際海峡における通過通行権が認められた。深海鉱物資源関連:公海における海底資源の開発は国際海底機構(ISA)の管轄下に置かれるように決められた。議論の多いところで最近、法のこの部分に自由市場原理と私企業活動を優遇する修正措置が施された。紛争の調停関連:海洋法条約に関連する紛争を調停する目的で国際海洋法裁判所が設立された。

以下、全17部のタイトルを掲げ要点を述べる。

1部 領海及び接続水域 territorial sea and contiguous zone:領海は沿岸国の主権がおよぶ、基線から12海里以内の水域。すべての国の船舶は領海において無害通航権を有する。潜水船は領海においては海面上を航行しその旗を掲揚しなければならない。接続水域は沿岸国が通関、財政、出入国管理、衛生上の法令違反を防止・処罰できる、基線から24海里以内の水域。

第2部 国際航行に使われている海峡 straits used for international navigation:公海と公海あるいは公海とEEZを結ぶ国際航行に使用される海峡を国際海峡と言い、すべての船舶及び航空機は国際海峡において通過通行権をもつ。

第3部 群島国 archipelagic states

第4部 排他的経済水域 exclusive economic zoneEEZ):沿岸国の経済的な主権が及ぶ、基線から200海里以内の水域。沿岸国は海底の上部水域および海底の天然資源の探査・開発、保存および管理などの「主権的権利」と人工島の設置、海洋の科学的調査、海洋環境の保護および保全などの「管轄権」を持つ。また天然資源の管理や海洋汚染防止上の「義務」を負う。なお、すべての国はEEZで自由に航行、上空飛行ができ、海底電線や海底パイプラインの敷設もできる。

第5部 大陸棚 continental shelf:沿岸国は基本的に200海里までの大陸棚において天然資源を開発する主権的権利をもつ。ジュネーブ海洋法4条約では大陸棚を200mまたは天然資源の開発可能な水深までとしていたが、開発可能な水深では際限なく領域が拡大するので、領土の自然の延長である大陸縁辺部の外縁(堆積岩の厚さが大陸斜面脚部までの距離の1%以上、あるいは大陸斜面脚部から60海里)までと範囲を限定する定義が与えられた。これによると法的な大陸棚は最大350海里まで設定可能となる。

第6部 公海 high seas:公海とは領海やEEZなどを除いた国家管轄権の及ばない海で、すべての国の航行の自由や漁業の自由が認められる。しかし、生物資源の保存及び管理については各国の協力義務があり、公海における漁業に各種の規制がかかるようになった。船が公海にあるときは旗国のみが管轄権を有する(船はその国の領土そのもので、船長は大きな権限と責任をもつ)が、海賊行為、奴隷取引、海水汚濁、海上衝突など公海上の法秩序が脅かされるときはすべての国の軍艦や政府公用船は海上警察権を行使できる。

第7部 島の制度 regime of islands

島とは自然に形成された陸地であって高潮時にも水面上にあるものをいい、EEZ水域や大陸棚が設定できる。人間の居住または独自の経済的生活を維持することのできない岩は、EEZ水域または大陸棚を持ち得ない。

第8部 閉鎖海または反閉鎖海enclosed or semi-enclosed seas

第9部 内陸国の海への出入りの権利及び通過の自由right of access of land-locked states to and from the sea and freedom of transit

10 深海底 the Area:パルドー大使の提唱をうけて、深海底及びその資源は人類の共同の財産である(第136条)と規定され、マンガン団塊を主とした海底資源の探査・開発などの管理を行う国際海底機構(International Seabed Authority:ISA)が設立された。しかし開発技術の移転義務、生産制限、補償制度などを要求する発展途上国と自由な開発を主張する先進国の合意が得られず交渉は難航した。結局、1994年に条約の一部を修正する「実施協定」が採択されて発効に到った。

11 海洋環境の保護及び保全 protection and preservation of the marine environment:陸上起因の汚染、海洋投棄による汚染、海洋における船舶からの汚染などあらゆる発生源からの海洋汚染防止についての国家の権利・義務を規定している。

12 海洋の科学的調査 marine scientific research:すべての国は平和目的のために海洋の科学的調査を実施する権利を持つが、他国の排他的経済水域や大陸棚における科学的調査については沿岸国の同意を必要とするとしている。

13 海洋技術発展及び移転 development and transfer of marine technology

14 紛争の解決 settlement of disputes:平和的手段によって紛争を解決する義務や、紛争の解決手段としての国際海洋裁判所、国際司法裁判所、仲裁裁判所について規定している。

15 一般規定general provisions

16 最終規定final provisions

 

6.3 海洋基本法(5)

日本の領海を図7.1に示す。領海や排他的経済水域は直線基線をもとに設定されるが、日本が広い「海もちの国」になったことがわかるであろう。このように世界の海に線引きがなされた結果、海洋の4割はどこかの国の管轄下に入り、どこにも属さない自由な海すなわち公海は6割だけになった。

 

第6回 図1.jpg 

 図6.1 日本の領海等概念図(左)および直線基線(右)

 

もともと水産王国であった日本は海の線引きに反対の立場をとり続けた。そのため国際舞台でeccentricな島国とかexcept oneなどと揶揄されることがあった。一方で韓国や中国はじめ多くの国は新たな海洋法時代に向け積極的に対応した。こうした世界の趨勢に逆らうことは得策でなく政界、財界、民間から新海洋法時代へ向けた体制整備の必要性が強調され、2007年7月に「海洋基本法」が制定された。2008年には、海の司令塔である海洋政策担当大臣が誕生し、海洋政策本部が設立され、海洋基本計画が作成された。

この法律は、地球の広範な部分を占める海洋が人類をはじめとする生物の生命を維持する上で不可欠な要素であるとともに、海に囲まれた我が国において、海洋法に関する国際連合条約その他の国際約束に基づき、並びに海洋の持続可能な開発及び利用を実現するための国際的な取組の中で、我が国が国際的協調の下に、海洋の平和的かつ積極的な開発及び利用と海洋環境の保全との調和を図る新たな海洋立国を実現することが重要であることにかんがみ、海洋に関し、基本理念を定め、国、地方公共団体、事業者及び国民の責務を明らかにし、並びに海洋に関する基本的な計画の策定その他海洋に関する施策の基本となる事項を定めるとともに、総合海洋政策本部を設置することにより、海洋に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって我が国の経済社会の健全な発展及び国民生活の安定向上を図るとともに、海洋と人類の共生に貢献することを目的とする。

海洋基本法の基本的施策は

1 海洋資源の開発および利用の推進

2 海洋環境の保全

3 排他的経済水域の開発推進

4 海上輸送の確保

5 海洋の安全の確保

6 海洋調査の推進

7 海洋科学技術に関する研究開発の推進

8 海洋産業の振興および国際競争力の強化

9 沿岸域の総合的管理

10 離島の保全

11 国際的な連携の確保と国際協力の推進

12 海洋に関する国民の理解の増進

要約すれば、海の開発・利用および保全、海の安全確保、海洋産業の育成、海の教育・研究、海の総合的管理、国際協調などだが、ひらたくいえば海洋権益を最大限に活用するために「海を知り、利用し、守る」ということである。海洋を利用しながら海を守る(保全する)には海洋環境や生態系を重視した海の総合的管理が求められる。こうした海洋政策の実効をあげるにはやはり海を知る人を育て国民の海への関心を高めることが肝要である。

 

まとめ

1 海洋への進出が盛んになるつれ西欧を中心として「自由海論」や

「閉鎖海論」が起こった。

2 18世紀以降、領海3海里説が広く受けいれられた。

3 公海の深海鉱物資源を人類の共同財産(the Common Heritage of 

Mankind)とする有名な演説がおこなわれた。

4 国連海洋法条約が採択され、世界は200海里時代に突入した。

5 日本に「海洋基本法」が制定された。

6 わが国は広い「海もちの国」になった。

7 海洋権益を最大限活かすためには「海を知り、守り、利用する」

ことが重要である。

 

よくある質問

 カルビン回路をもう少し詳しく知りたい

(答)光合成における炭酸同化、糖生成の代謝回路で、二酸化炭素

の固定、二酸化炭素の還元、二酸化炭素受容体(RuBP)の再生からなる。

1)二酸化炭素の固定(fixation of CO2).カルビン回路の最初の段階

で、まず大気の二酸化炭素がRuBP(5単糖分子)に結合する。 生成した6単糖の中間体は不安定ですぐ2個の3PG(3単糖分子)に分解する。この反応は酵素ルビスコに触媒される。

2)二酸化炭素の還元(reduction of CO2).3PGBPGを経由する次の

ふたつの反応でG3Pになる。

3PG  BPG (ATP ⇒ ADP+P) ⇒ G3P (NADPH+H+ ⇒ NADP+ )

これはR-CO2 からR-CH2O が生成される過程で、二酸化炭素が還元されたことを示す。この反応で使われるエネルギーATPおよび還元剤NADPHは明反応から得られる。

3)二酸化炭素受容体の再生(regeneration of RuBP).

カルビン回路の模式図は、CO2分子が3度回路に入って一つの炭化水素G3Pが生産されること、および回路が連続的に働くために5個のG3Pから3個のRuBPが再生される必要があることを表している。後者を図式的に示せば

5 G3P ⇒ 3 RuBP  (3 ATP ⇒ 3 ADP + P)

(ここでも明反応で生成されたATPが使われる)

生成されたG3Pは糖質、脂質、アミノ酸などあらゆる有機分子を合成する出発物質として大変重要な存在となる。

ここでは次の略号を用いた:

RuBPribulose-1,5-bisphosphate、リブロース1,5-ビスリン酸)

3PG(3-phosphoglycerate3-ホスホグリセリン酸)

BPG(1,3-bisphosphoglycerate1,3-ビスホスホグリセリン酸)

G3P(glyceraldehydes-3-phosphate、グリセルアルデヒド-3-リン酸)

ATP(adenosine triphosphate、アデノシン3リン酸)

ADP(adenosine diphosphate、アデノシン2リン酸)

NADP(nicotinamide adenine dinucleotide phosphate)

 

図は前掲の参考文献『キャンベル生物学』p.217から借用

 

 溶存酸素濃度が250mmol/m3とはどのような量か

(答)mmolはミリモルのこと。したがって海水1m3には約1.5×1023個の

酸素分子が存在する。ところで水分子は何個存在するか。これを計算して両者の比率を求めてみよ。

 深海の生物はどのようにして調べるのか(気圧の関係ですぐ死ぬと

思うが)

 

(答)うき袋をもつ浮き魚なら水揚げとともに死ぬが、深海の生物は

体内に空気腔をもたないから破裂することはない。水圧、光、食料その他環境が大きく違い飼育実験は容易でないが、身近なところではオオグチボやシロエビの飼育が試みられている。成功すれば直接的な生態観察が可能になる。なお生理的な調査は生体でなくても可能である。現在は6000m以深の海にも潜水可能な潜水艇が建造され日本では「しんかい6500」や「かいこう」が活躍している。潜水艇以外にも深海トロール、採泥器、深海カメラを用いた調査が盛んに行われている。

 

参考文献

(1)高梨正夫著『海洋法の知識』成山堂書店、1979

(2)曾村保信著『海の政治学』中央公論新書、1988 

(3)田畑茂二郎著「国際法講話」有信堂、1997

(4)村田良平著「海洋をめぐる世界と日本」成山堂書店、2001

(5)インターネット上で政府出版物として検索、利用できる

 

 

 

5回 「海洋と生物

石森繁樹

主観になるが海と生物について二つのことが印象に残る。ひとつは、ダーウインの「ビーグル号航海記」(1)である。彼はガラパゴス、タヒチ、インド洋キーリング島(今のココス諸島)の海を見ながら美しいサンゴ礁に裾礁, 堡礁、環礁の3種類があることを知り、その成因を説明した。サンゴ虫が浅海でしか生息できないこと、長い時間スケールでは島も沈むことなどを考えての着想であったが、博物学者の卓見に驚嘆させられた。サンゴといえば温暖化に伴う白化現象や海洋酸性化による石灰質骨格の溶解現象など今日も話題が絶えないが、25年ほど前のある講演「富山湾東方海域の深海サンゴ」でサンゴが富山湾の水深100150mの海に生息すると聞いてびっくりしたこともあった。もうひとつは、深海生態系の発見である。ウッズホール海洋研究所の潜水調査船アルビン号は1977年ガラパゴス諸島付近の海底2500mで新しいタイプの生物群集を見つけた。tube worm, giant clam, mussel, white crabなどの動物群が、古細菌(archaea)がつくりだすエネルギーをちゃっかり利用して生きているというものであった。マントルが上昇する断裂帯近くの湧水(約12℃の温水)にはCuZnPb硫化物が多量に含まれる。暗黒の世界に棲む古細菌は光エネルギーの替りに硫化水素の分子内結合エネルギーを利用して有機物を合成していたのである。これは生物学における20世紀最大の発見といわれる事件であった。

生命のふるさとである海には、このように美と神秘と驚きと不思議に満ちたさまざまな生物の営みがあるが、ここでは海洋生物について基礎的な知識の一端に触れる。

 

5.1 海の生物と生息環境

地球上には多様な生物がいる。現在知られている生物の種類は陸上生物が約180万種、海洋生物が25万種という。今後広い海の調査が進めば、莫大な数の新種が登場するだろう。友人の生物学者はいう。「海は観測のたびに新種が見つかるまさに発見に満ちた冒険の世界だ」と。それにしても海にはいろいろな生き物がいる。鯨や魚(脊椎動物)、ホヤ(原索動物)、ウニやヒトデ(棘皮動物)、エビや蟹(節足動物)、イカや貝(軟体動物)、ゴカイ(環形動物)、サンゴ虫やオワンクラゲ(刺胞動物)、クシクラゲ(有櫛動物)、植物ではアマモ(被子植物)、コンブ(褐藻類)、テングサ(紅藻類)、アオサ(緑藻類)、これらは多くの人が目にする生きものである。ケイソウ(珪藻類)、ラン藻(藍藻類)、細菌類となると小さくて顕微鏡を使わないと見えない。見えないといってもばかにならない。岸辺で掬う海水1ml中には100万個の細菌が存在し、海洋全体の細菌炭素量は0.71Pgになる(2)という。そういえば、原始の海に酸素を供給したのも原核生物のラン藻(3)であった。

生き物にとっての生活環境は海と陸でおおいに違う。陸上生物の活動はほぼ大気と陸の境界に限られるが、海洋生物は明るい海面から暗黒の海底に至る広い空間を棲家とする。海では温度や塩分の変化は緩慢であるが、光は急速に吸収されてしまう。とくに長波長の赤色光はよく吸収され、20mも潜ると青味がかったうす暗い世界になってしまう。光の透過深度は一概に言えないが、植物プランクトンによる正味の基礎生産が行われる有光層(euphotic zone) の下限とすることが多い。植物プランクトンは光を利用して糖質を合成するが、生きていくために必要なエネルギーは自らが生産した有機物を消費する(呼吸)。植物の光合成による生産量と呼吸による消費量がつりあう深さを補償深度という。その深さは海域や季節によって異なるが沿岸域では数mのところもあり、澄んだ熱帯の海で150mに達するところもある。しかし、どんなに透明な海でも1000mの深さになれば太陽光が届かぬ暗黒の世界となる。植物が存在できない無光層(aphotic zone)である。有光層から無光層までの中間層はかすかな光はあっても植物による純生産量はない。水中の圧力は10m降下する毎に1気圧ずつ増える。1000mの海底は100気圧の高圧の世界である。陸の常識ではこのような海は生物の住めない過酷な環境と思えるが、もっと深いところにも動物や細菌(バクテリア)が生存するから驚きである。生物の呼吸に必要な酸素は陸では十分に存在するが、海中では表層の有光層を除き不足気味となる。すなわち大気中の酸素濃度は容積比で20.947%であるのに対し水中の溶存酸素濃度(4)250.0mmol/m3である。これに対して二酸化炭素は大気中では385ppmであるが、海洋表層では13.6mmol/m3と光合成には十分な量が存在する。海と陸の生存環境は密度、粘性、重力(浮力)、熱容量などの面でも大きく異なる。

 

5.2 海洋生物の分類

  海洋生物はその生活様式によりプランクトン(浮遊生物)、ネクトン(遊泳生物)、ベントス(底生生物)に分類される。プランクトンは水の流れに身を任せて生活する微小な生物が多く、植物プランクトン、動物プランクトン、バクテリアがこの範疇に入る。水中では浮力が働き、陸の動植物ほど体重を支える必要がないため骨格をもたない生物が多い。それでも沈む宿命は避けられないので海水の粘性をうまく利用するため体積に対して表面積を大きくするように進化したり、脂質を身につけ浮力を増すなどの工夫をしたものが誕生した。 植物プランクトン(2.0 200 μm )は光合成により糖質などの有機物を合成する生産者であり、動物プランクトン(微視的な種もあるが一般的に植物プランクトンより大きく、網目200μm以上の採集ネットが多用される)は植物プランクトンを捕食して生活する消費者であるが、一方で魚の餌ともなる。バクテリア(細菌、ピコプランクトン0.2 2.0μm )は生物の死骸や排出物を分解して、生体に必須な窒素やリンに還元する分解者である。このようにプランクトンは海の生態系をささえる重要な役割を果たす。

 ネクトンは遊泳能力を持ち水中を自由に移動する生物で、魚、鯨、ウミガメなどがこの範疇に分類される。この定義に従えば海水浴場で泳ぐ人もネクトンになってしまう。自由に動き回るといっても、ふつう水温、塩分、栄養塩、圧力などで行動範囲が制限されるが、鮭やウナギは淡水と海水の両域を何千kmにもわたって旅をする。

 ベントスは海底に棲む生物である。摂食様式により3の生活スタイルがある。ホヤやアワビは岩などに付着して生活する。カレイやヒラメは海底を這い回ったり、寝そべって生活し、バイや二枚貝は砂泥中に身体を埋めて生きている。ホヤは岩に着生して水孔から海水のプランクトンを捕食する。アワビは岩礁に付着して海藻を食べ、カレイやヒラメは海底のゴカイや貝や魚を餌とする。バイは魚の死骸を好んで食べ、二枚貝は砂泥中の有機物を主食にする。

以上は海洋生物のひとつのグループ分けであるが、それぞれが勝手に独立して生きているわけではなく、互いに食う・食われるの関係(食物連鎖、食物網)を介した大きな生命(いのち)の輪で結び付いてる点が重要である。

 

5.3 生態系を流れる物質とエネルギー

 富山湾には植物プランクトンを生産者とし、この上に動物プランクトン、シラエビ、ホタルイカ、アジ、イカ、イワシ、サバ、ブリなどの消費者が食物連鎖を形成する浮き魚群集がある。また海底にはバイガイ、ナマコ、ベニズワイガニ、ホッコクアカエビ、カレイ、メバル、タイ、アンコウなどの底魚が動植物の糞粒や死骸を出発点とする別の食物網に支えられた生態系をつくっている。生物個体は同種・異種の生物間で食う・食われるの関係を保ちながら、一方では、たとえば富山湾の地形、水温、海流、水中光量、栄養塩類などの物理環境にあった特徴的なまとまりを形成する。このように生物は生物間だけでなく非生物的な環境も含め常に周囲と影響しあって生態系を構成している。

生態系の隠れた動態として物質循環とエネルギーの流れが重要である。植物プランクトンは太陽光のエネルギーを使い二酸化炭素と水からデンプンを合成する(基礎生産)。また、成長のために窒素やリンなどの栄養素が不可欠であるが面白いことに、植物プランクトンがつくる有機物中の主要元素比はおおよそCNP106161であることが知られている。この比はレッドフィルド比(Redfield ratio)と呼ばれる(5)。光合成は太陽の光エネルギーを有機物の化学エネルギーに変換する機構である。色素であるクロロフイルが光を電子に置き換えるなど複雑な化学反応(6)が関与している(明反応とカルビン回路)が、次のように表現できる。

6CO2 + 6H2O   C6H12O6 + 6O2

ここで右から左への逆反応が呼吸である。反応式をさらに簡略化すると

CO2 + 2H2O  「CH2O+ H2O + O2

この式は光合成において植物が気孔から放出する酸素が二酸化炭素ではなく水に由来することを説明するのに使われる。

さて硫黄細菌の光合成の化学式も上式と同型である。

CO2 + 2H2S  [CH2O] + H2O + 2S

これは硫黄細菌が二酸化炭素を還元する水素を、水(H2O)ではなく硫化水素(H2S)から得ていることを示している。反応式が類似の形になるのは、酸素も硫黄も16族の元素であることを思えば頷ける。また、先述したように深海の生態系では硫黄細菌が太陽エネルギーの替りに化学エネルギーを用いて基礎生産を行っていることに注目したい。

植物プランクトンが生産した有機物は動物プランクトンに捕食され、小魚がこの動物プランクトンを食べ、これをまた大型のネクトンが餌とする。植物プランクトンや魚の死骸や排泄物の一部は、水中を落下する途中で酸化され、バクテリアによって分解されて無機物に還元される。また、動物の体内で不用になった蛋白質はアンモニアの形で尿として排出される。死んで海底に落ちた生物はベントスの餌となりバクテリアに分解されて二酸化炭素、アンモニウム塩、硝酸塩となり湧昇や大循環によって表層に運ばれ再利用される。

このように炭素や窒素などの物質は生物体内で有機物に変身するがやがて分解されてもとの炭素や窒素に還元され生態系の中を循環する。光エネルギーの方は化学エネルギーに変換され、生態系を流れて最終的に熱となって散逸してしまう。このように物質は生態系の中を循環して再利用されるが、エネルギーは生態系の中を一方的に流れて循環することはない。それで生態系を健全に維持するためには外部から絶えずエネルギーを注入する必要がある。

 

5.4 水産資源をどうする

海の恵みといえば誰でも真っ先に水産資源を思い浮かべるだろう。石器時代の大昔から人は海から食料を得てきたし、現在も世界全体で動物性蛋白質の20%(7)を魚介類から摂取し、日本で40%、バングラデシュでは80%を魚に依存しているという。かつて海の資源は無尽蔵と言われたが、世界の漁獲量が毎年増加する中でかなりの有用魚種に獲り尽くし(枯渇)や資源量の減少が見られるようになった。天然資源は有限なのである。そんな中で、次のような悲しい現実がある。FAOの推定によると1997年の総漁獲量1.1億トンのうち混獲された(bycatch)魚の約2500万トンが無駄に捨てられている(discards)という。目当てにした魚種でない、値打ちが無い、小さい、割り当て以上に獲り過ぎた、そんな理由でカニや鱈などが大量に捨てられている。

わが国の水産物(魚介類+藻類、養殖も含む)生産量は1984年の1280万トンから2000年の640万トンへ半減してしまった。これからの200海里時代を生き抜く水産の戦略は何か、模索すべき海の大きな問題である。

 

まとめ

1 ダーウインはサンゴ礁に3種類があることを発見した。生物の

営為がつくる地形と説明した。

2 ウッズホール海洋研究所のアルビン号は深海で熱水生物群集を

発見した

3 生物の生活環境は海と陸で大きく違う

4 植物プランクトンによる基礎生産は有光層で行われる

5 海の中でも酸素がなければ生物は死ぬ

6 海洋生物をプランクトン、ネクトン、ベントスに分類する

7 有機物の生産様式に光合成と化学合成がある

8 海中の多様な生物間に連鎖的な食う・食われるの関係がある

9 海洋生態系において物質は循環しエネルギーは一方的に流れる

10 200海里時代の水産の戦略は何か

  

よくある質問

① エルニーニョの定義は何か。

(答)エルニーニョ監視海域(4°N 4°S90°W 150°W

の月平均海面水温の平年偏差を5ヶ月移動平均して、0.5℃以上

高い状態が6ヶ月続いた場合をエルニーニョ現象と定義する

  (気象庁)。

② エルニーニョは日本の天候にどんな影響をもたらすか

(答)日本では暖冬・冷夏気味で、梅雨明けが遅れ、台風が少な

い傾向になる。

③ ラニーニャとはどんな現象か、たま世界にどのような影響を

あたえるか

(答)①の定義において同海域の月平均海面水温の平年偏差が

- 0.5 以下になる場合をいう。低温になる地域が多くなる

など天候変動をもたらす。日本では暑夏、寒冬になりやすい。

④ 海水の温度上昇はどの程度の速さか

 () IPCCの4次報告は世界平均で100年間に0.67℃上昇した

という。気象庁によれば日本海中部は同期間に1.6℃、南部は

1.2℃上昇した。世界平均よリ大きい上昇率である。

⑤ 熱塩循環の時間スケールが1000年というのはどうしてわかるか

()14C年代測定法による。14Cは上層大気で窒素が宇宙線中性子

との核反応で生成し、ほぼ一定の濃度で大気中のCO2に含まれる。

生物体や海水にも同じ濃度で含まれ、生物が死んだり海水が沈む

と新たな14Cの供給が途絶えるので14Cの量は時間とともに半減期

5730年)にしたがって減少する。この14Cの減少量から年代を

知ることができる。深層水の年齢もこの方法で求められる。

⑥ どうして海水の質量と大気の質量の比が約300になるのか

()大気圧を1013hPa、地球表面の7割を占める海の平均水深を

3700m、海水の密度を1025kg m-3 とすれば、比=(海水の質量:

πr2 × 0.7 × 3700 ×1025/(大気の質量: πr2 × 1.013

× 105 × 9.8-1) 260. ここにrは地球の半径である。

⑦ 竜巻は地上でも発生するが、台風とは完全に違う現象か

()竜巻は積乱雲の上昇流で発生する強い渦巻きで、気層上下の

密度差で駆動された力学的対流現象である。台風とは成因もスケ

ールも違う。

  台風に自転が影響しているのであれば、北半球と南半球で何か

違いはあるのか

()低気圧のまわりの風向きが北半球では反時計回りであるが

南半球では時計回りに吹き込む。

 

参考文献

(1)  チャールズ・ダーウィン著、島地威雄訳「ビーグル号航海記」

岩波書店、1972

(2)小暮一啓著、海における小さな巨人、「学術の傾向」日本学術

協力財団、2006

(3)井上勲著「藻類30億年の自然史」東海大学出版会、2006

(4)Libes,S.M. Introduction to Marine Biogeochemistry,

 Academic Press,2009

(5)東京大学海洋研究所編「海洋のしくみ」日本実業出版社、1998

(6)Campbell,N.A., Reece,J.B.著、小林興監訳「キャンベル生

物学」丸善、2007、科学雑誌「ニュートン」20084月号にも

光合成の丁寧な特集がある

(7)Field,J.G. et al.  Ocean 2020. 

 

 

4回「海洋と気候

石森繁樹

4.1 気候の形成を左右する海洋の性質

大気の運動である風が波動をつくり、大規模な海流を駆動することを学んだ。今回は海と気象および大気の平均的状態の表現型である気候との関係について考える。海は地球表面の7割で大気と接しているから否応なく毎日の天気や気候に大きな影響を与える。そうした観点から見たときの海洋および海水の物理化学的特質は次のようにまとめられる。

(1) 海水は温度を変えずに多くの熱を吸収する。海水の比熱は空気の約4倍で、全質量も約300倍と大きいため、大気の約1000倍の熱を貯えることができる(両者とも平均温度は270Kと大雑把に見積もった)。海は吸収した太陽エネルギーを数10年あるいは数100年かけてゆっくり放出し、大気は数日から数週間で熱エネルギーを解放する。海は巨大な熱の貯蔵庫として気象と気候に多大な影響を及ぼす。

(2) 海は緩やかに変動する。巨大な海水を湛える海は力学的にも大きな慣性をもつ。海は表面から熱せられて安定化する傾向があるため海水の運動は水平方向に卓越し、運動量・熱・物質の輸送も拡散と移流が支配的である。

太平洋はじめ世界中の海で時間スケールが20年とか50(1)の変動が知られるようになった。熱塩循環は1000年の時間スケールをもつ。このように海は気候変動の時間スケールが長くなるほど重要性を増す。

(3) 海洋は大循環を行う(図4.1、図4.2)。海洋大循環は熱帯のあり余る熱エネルギーを高緯度に運んで南北間の不均衡を解消する。また、さまざまな物質を運ぶ。

(4) 海水は物質をよく溶かす。すぐれた溶媒としてほとんどすべての元素を溶かし、地球生物化学の進化の舞台になってきた。炭素循環で果たす海の役割も二酸化炭素を吸収し大気の温室効果を和らげる視点から注目される。

(5) 海は大きな水瓶である。海面から蒸発した水蒸気は雲になり、地球の平均雲量を約50%に保っている。この雲の日傘効果により地球の反射率(アルベード)は30%に維持され、その温室効果も手伝って生物生存に適した地球環境がつくられている。雨水は陸上を流れてふたたび海に帰るが、地表を削っては様々な物質を海に運びこむ。

(6) 波の飛沫は凝結核をつくる。海面からは海塩核や硫酸エアロゾル(DMS(2)が盛んに飛散し、雲の生成に不可欠な凝結核を供給している。

(7) 海水は凍る。高緯度で生成される海氷は大気中の雲に似て太陽放射を反射し海の放熱を遮断する。

 

4.2 海との縁が深い気象と気候の例

(1) 台風

海がなければ存在しないのが日本の夏を代表する台風である。この低気圧は積乱雲集まった渦巻きで海面水温が26 以上の赤道を除いた熱帯海域で発生する。発生場所が限られる理由は、水蒸気の凝結の潜熱が台風のエネルギー源であるため水蒸気の豊富な海上でなければならないこと、および渦を巻くためには自転の効果(コリオリの力)がない赤道では都合が悪いことであるが、統計的に得られた26 なる数値の熱力学的な意味は不明である。台風は年に約28個発生し、その幾つかが日本に接近したり上陸する。風水害の原因になり厄介もの扱いされるが大切な水資源をもたらす。

(2) 日本の気候

気温と降水量は代表的な気候の指標である。日本の気候の特徴は桜前線の動向が示すように南北の気温差が大きいことと全般に降水量が多いことである。雨が多い(日本の年間降水量は1700mm、世界平均750mm2倍以上)のは四面環海の国だからであろう。

(3) 富山の雪

日本の冬はシベリア気団に覆われるときに始まる。この大陸性気団は冬のシベリア大陸を発源地とする非常に寒冷で乾燥した気塊であるが、日本海を移動するうちに対馬暖流から熱と水蒸気を供給されて変質する。下層から暖められ不安定になった気塊は脊梁山脈により強制上昇させられて日本海側に多量の降水をもたらす。こうして低緯度の富山でたくさんの雪が降るという世界的に珍しい現象が生じる。

(4) 海流の影響で稚内は網走や釧路より暖かい

日本海を北上する対馬暖流(の一部)は宗谷海峡からオホーツク海に流れ出る。そのため最北端の稚内(45°25′)はこれより南に位置する網走(44°01′)や釧路(42°59′)より暖かい。すなわち3地点の年平均気温はそれぞれ6.6 6.2 5.9 である。ただし釧路の気温が低いのは親潮(千島海流)の影響が大きい。

(5) 西岸気候イギリスやフランスはサハリンと同じ緯度で北海道の北に位置するがメキシコ湾流の影響で気温と湿度が高く冬も比較的に暖かい。

(6) モンスーン(季節風)

海洋と大陸の熱的性質の差によってひきおこされる大規模な気象現象である。日本では冬季の北西季節風を思いうかべるが、インドに恵みの雨をもたらす南西季節風が有名である。この現象は夏期にヒマラヤ・チベットの地表が加熱されて低圧部となるところへ海洋(インド洋)から高温多湿の気流が流れ込んで生起する。雨季をもたらす南西季節風は約6ヶ月で北東季節風と交代して乾季となる。アラビア海やインド洋のダウ船(dhow)は昔からこの季節風を利用して交易をしてきた。

(7) 海岸砂漠

アフリカ南西部の海沿いにナミビア砂漠がある。海岸のすぐそばを赤茶けた色の砂漠が延々と続く景観は異様である。この砂漠は、亜熱帯高圧帯の沈降気流と寒流(ベンゲラ海流)がつくったものである。沈降気流が断熱的に昇温してできた暖かく乾いた空気が、寒流が流れる海の冷湿な空気の上に乗って逆転層が形成される。逆転層(普通は上空ほど冷たいことが常態であることから命名された)ができると対流が起こりにくく雨が降らない。こうして水蒸気が豊富なはずの海岸沿にナミブ砂漠は形成された。

第4回 図1.jpg

 図4.1 世界の表層海流図(風成循環)

 (Trenberth,K.E. Climate System odeling.)

 

第4回 図2.jpg 

  4.2 世界の深層循環(熱塩循環)(気象庁ホームページ)

 

4.3 大気と海洋の典型的な相互作用

地球に入射する太陽放射エネルギーは1370Wm-2(3)である。このうち30%は反射されて宇宙空間に返されるが残りは地球に吸収される。大気が直接吸収する日射量は非常に少なく大部分は地表面に吸収される。地球表面の7割を占める海は陸に比べて熱容量が大きく貯熱能力が高いので地球が吸収した熱エネルギーの多くは海面を通して大気に与えられる。地球の公転面と自転軸の傾きによって地球が吸収する太陽放射量と地球が射出する赤外放射量の間に南北差が生じる。この差を解消して年間収支を0にするカラクリとして大気および海洋は大循環を行っている。大気は海面で暖められると不安定化するため積雲が発生する。多量の水蒸気が凝結して低気圧が発達すると、そこに吹きこむ風が強まる。

海面を吹く風は流れをつくり水温分布を変える。そうすると低気圧も移動して風の分布が変わる。このように大気と海洋は互いに作用を及ぼして変化する(4.3)

大気・海洋相互作用の顕著な例はエル・ニーニョ現象である。熱帯太平洋では貿易風が恒常的に吹いている。この東風に引きずられた赤道の海水(4.4)は西太平洋に押しつけられ深さ150m程の暖水溜まり(プール)をつくる。ところが数年に一度何らかの原因で東風が弱くなると、西に堆積していた暖水が東へ逆流し、ふつうは冷たいペルー沖の海水温を上昇させる。この数年間隔で起こる暖水の移動現象により太平洋赤道海域の水温が上昇する現象をエル・ニーニョ(El Niño)といっている。最近では1997-1998に大規模なエル・ニーニョ現象が発生して世界各地に異常気象が頻発した。乾燥地帯のペルーやカリフォルニアで大雨、竜巻、洪水が起き、湿潤なインドネシアに旱魃や山火事が発生した。

通常、海水温の高い赤道西太平洋に対流活動の活発な低気圧があり東太平洋に高気圧があって、下層で東風、上層で西風という東西循環(ウォーカー循環、図4.5)が形成されるが、エル・ニーニョのとき(図4.6)は対流活動の中心が東にシフトして赤道太平洋の東風が西

風に変わってしまう。これに関連して南方振動(Southern Oscillation)という現象が知られている。これは南太平の東と西に存在するタヒチ(通常は高気圧におおわれた有名な観光地)とダーウィン(通常は低気圧内に位置するオーストラリア北部の町)の年平均気圧が、一方が上がると他方が下がる変化を繰り返す現象である。実はこの二つの現象、すなわちエル・ニーニョなる海洋現象と南方振動という大気現象の間には密接な相関関係がありエンソ(ENSO)と呼ばれるようになった。エル・ニーニョのときはタヒチの気圧が下

がり、通常年にはタヒチの気圧は上がる。このような海面水温と地上気圧の結びつきは海洋と大気の間の強い相互作用があることを意味する。エンソの発生原因には、赤道を吹く東風と西風の交代が海に大規模な波動(ケルビン波とロスビー波)を誘起して暖水の移動を引き起こす、という考え方があるが未解明な部分が少なくない。ただ1985年以降、エル・ニーニョ現象に対して世界規模の観測が行われ、熱帯大気における対流活動の影響が赤道太平洋にとどまらず世界各地に波及する事実(テレコネクション)が明らかにされるなど研究はおおきく進展している。

 

一口メモ:

IPCC4次報告によると大気も海洋も確実に暖まったという。

    地球全体の平均気温は過去100年間に0.74上昇した

    過去50年間、海洋も同時に温暖化している

    海水準の上昇は過去100年間余りで17cmに達した

 

第4回 図3.jpg

 4.3 大気-海洋の相互作用(NOAAホームページ) 

 

第4回 図4.jpg 

 4.4 海面に働く風応力(年平均値)

図右下の矢は5 dyn cm-2に相当。0.5123 dyn cm-2 

の等値線をプロットしてある。(Trenberth et al.1990)

 

第4回 図5.jpg

 図4.5 太平洋のウォーカー循

 Trenberth,K.E. Climate System Modeling

 

第4回 図6.jpg 

 4.6 エルニーニョ現象の概念図 (NOAAホームページ)

 

まとめ

1 海は熱容量が大きい(顔色を変えずに沢山の熱を吸収する)

2 海の変動は緩やかである

3 海水は物質をよく溶かす

4 波の飛沫や海氷も気象と関係する

5 台風は海がなければできない

6 富山の雪は対馬暖流がつくる

7 日本は島国だから雨が多い

8 西岸気候や海岸砂漠は海流がつくる

9 渇いたインドの慈雨はインド洋からやってくる

10 エルニーニョは大気-海洋相互作用の典型例である

 

よくある質問

   映画でとても大きな波が襲ってくるのを見たが、実際に観測され

た最大の高波は何mであったか

(答)風浪ではラマポ号が34mの高波を北太平洋で観測(1933)した。

最近では2000114日にNOAAの観測船が30mの波を観測した。

こうした高波をfreak waveという。またリツヤ湾では520mの津波

1958)があった(4)

海によって塩分は異なるか

(答)場所や時期にもよるが、一般に太平洋の塩分は大西洋の塩分

より小さい。

ただし、塩分をきめるイオンの組成比はどこの海も一定である。

風浪と波浪の違いは何か

(答)風浪とうねりをあわせて波浪と呼んでいる。

仮に海と空気の密度が等しければ風浪はできないのか

(答)その通りできない。波の力学では密度の違いが大切である。

海水の動きに対して地球の自転はどのように影響するのか

 (答)北半球では動く物体に対して右直角方向に、単位質量あたり

(その地点の自転の角速度)(物体の速度)の大きさの

見かけの力(コリオリの力という)が働く。

 

参考文献

(1)UNFCC/WMO/UNEP  IPCC Fourth Assessment WG1 Report. IPCC

   2007 

(2)原島省、功力正行著「海の働きと海洋汚染」裳華房、1997

(3)小倉義光著「一般気象学」東京大学出版会、2000

(4)三好寿著「波・津波」河出書房、1971

 

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