第8回「日本海の特性」
石森繁樹
8.1 日本海のあらまし
日本海はユーラシア大陸中緯度帯の東端に隣接した平均水深1350m、面積130万km2(日本国土の3.4倍)の縁海で、今からおよそ2000万年前に形成されたといわれる(1)。全般に陸棚の発達が貧弱であり、海水をとり除くとお盆のような形をした海底(basin)が現われる。とくに1000m以深の海底は北東から南西に伸び西洋梨に似た形をしているが、北緯40°線を境に北と南で地質学的に様相を異にする。北側には3000mより深い日本海盆が、中央には好漁場である海底の高まり大和堆が、南側には隠岐堆や朝鮮海台などの海底隆起と大和海盆や対馬海盆などの凹地が複雑な海底地形を形成している。ロシア沿海州南部の海岸は急傾斜で深くなり、距岸45kmで3000mの海底に達する。日本海盆は厚さ約8kmの玄武岩質海洋地殻の上に2kmの堆積物をのせた地質構造で、平均水深は3500mと深い。一方、南側に多い海嶺等の高まりは、かつて日本列島がユーラシア大陸と一体であったときの大陸の残存物と考えられ花崗岩質である。日本海東部にはプレート境界が南北に走り、地殻変動が活発(2)で海底地形に特徴がある。太平洋側と比較して海岸線に沿う島が多く、礼文島,利尻島、奥尻島、飛島、粟島、佐渡島、舳倉島、七つ島、隠岐島、壱岐などが岸から似た距離に並んでいる。
日本海は4つの浅い海峡で外海と連絡している。対馬海峡、津軽海峡、宗谷海峡、間宮(タタール)海峡はいずれも狭いうえ、最深部でも140mと浅いため日本海は閉鎖性が強く、その影響は生物の進化や分布に見られる。
日本海の大部分は日本海固有水と呼ばれる一様な性質の水塊によって占められている。日本海固有水の特徴は、水温0.0~1.0℃、塩分34.00~34.10psu、溶存酸素量210~260μmolkg-1のように水質が非常に均一なことである(3)。図8-1は舞鶴海洋気象台が観測した2000m深の水温実測データであるが、縦軸のポテンシャル水温は水圧による温度上昇分を除いた補正水温で、ほぼ現場の水温と考えてよい。いずれの観測値も0.050~0.075℃ の範囲内で微小に変化し、ほとんど0℃に近い。ひとつ興味深いことは1990年以降深海における水温が上昇気味であることである。
図8-1 日本海固有水の水温変化(舞鶴海洋気象台)
日本海に流入する対馬暖流は対馬海峡から入り日本海南部の表層を通って津軽・宗谷両海峡から流出する。その際、大量の熱を日本海へ持ち込み日本の気候形成に深く関わっている。
対馬暖流が拡がる暖水と直下に居座る寒冷な日本海固有水の二重構造は同じ場所に寒・暖両水系の魚種が生息することを可能にしている。ただし、前述のように日本海は敷居が高くて外海からの生物種の移入が限られるうえ、生物の生存環境としては異常に冷たい世界であるから、たとえば日本海に棲む魚の種類は約700種と少なく、日本近海の1/5にすぎない(ちなみに世界の魚の種類は約3万種といわれる)。
8.2 日本海の海流
図8-2は日本近海における海流の模式図である。日本海の対馬暖流とリマン寒流の流路が描かれている。対馬海峡から入る暖水の起源は黒潮と東シナ海の沿岸水との混合水および間欠的に黒潮から切り離される海水と考えられる。日本海の表層水となるこの暖水は春に塩分が高く、夏は低い。対馬暖流系水の厚さ(4)は日本付近で約300mであるが、沖に向かって薄くなり、北緯40度付近で極前線を形成する。流入する流量は平均2 Sv (スベルトラップ、1 Sv=100万m3・s-1)の程度であり夏に多く、冬は少ない。対馬暖流は枝分かれして流れるが、流路については3分枝説が有名である。第1分枝は対馬海峡東水道から入り日本沿岸の大陸棚に沿って浅い海を流れていく。第2分枝は流量が増加する夏に形成され、西水道から流入し200m等深線に沿って隠岐島の北を通り能登半島に到る。第3分枝は西水道を通り朝鮮半島沿いに北上し、緯度38度のあたりで離岸して北東に流れる。第1分枝と第2分枝は海水が海底地形の変化に対して渦度(5)を保存しながら流れるために生じる(地形性β効果(5))。第3分枝の方は海水が緯度の変化に対して渦度を保存するために生じる(β効果(5))。対馬海峡から流入し日本沿岸の大陸棚に沿って流れる第1分枝は暖候期に入ると蛇行し始め、8月に蛇行を強めながら岸を離れるようになる。衛星画像によると日本海には大小さまざまな停滞性あるいは移動性の渦が存在するが、海洋環境調査図に見られる佐渡冷水域や能登沖暖水域などは停滞性の強い渦である。
リマン海流はダッタン海湾の西から間宮海峡を経て沿海州沿いを南西に流れ、ピョートル大帝湾から北朝鮮に達する寒流である。
図8-3は舞鶴海洋気象台が発表する2010年5月30日現在の海流図である。いわば今日的「海の天気図」あるいは海の情報誌で、海流の日々の強さや蛇行の様子を伝えている。
海流を駆動する直接の力は前述のように、風の応力と海水の密度差による力である。日本海の循環を支配する対馬暖流の場合は、こうした力の直接的な働きを考えるよりも、大規模場で既に形成された圧力差に着目するほうが重要である。この圧力差は偏西風と貿易風により形成される北太平洋亜熱帯還流の西岸強化に伴う海面水位の変化を反映したもの(ストンメルによる)で、対馬海峡の水位は津軽海峡より約10cm高い。これは、日本海が完全には閉じていないため海流もその場の風や海水の密度差だけでなく外海の影響も考慮しなければならないことを教えている。
佐渡海峡を挟んだ2点で海面水位を調べると、海面は本州側で高く沖に向かって低くなっている(6)。日本海側の沿岸全体でみられるこの傾向から第1分枝は圧力傾度力とコリオリ力がバランスした沿岸境界流と説明できるが、入口と出口の水位差がもともとの原因で、その結果として沖に向かう圧力傾度力が形成されると考えるほうが自然である。
海水の密度は水温と塩分で決まる。日本海の水温は冬0~14℃、夏16~27℃で分布(7)し、南北間に年平均で約10℃の水温差がある。南北間水温差は冬が夏より3℃ほど大きい。水温傾度は極前線がある北緯40度付近で大きく約1.8℃/緯度である。
塩分の分布は冬期には南部が高く34.0~34.6の範囲で変化するが、夏期は冬より低塩分となり日本海全般で約33.8である。とくに対馬暖流が流入する南部海域は33.0と低くなる。
風の応力(運動量のフラックス)は顕著に季節変化(8)する。ストレスの大きさは冬が夏の2倍以上で、とくに冬季北部海域では反時計回りの循環(正の渦度)を生じるセンスに分布する。これを反映して海流の風成循環成分もかなり季節変動する。
衛星画像は日本海表層にたくさんの渦が存在することを明らかにしてきた(図8-4)。対馬暖流は日本海に入ると枝分かれして蛇行を始め、極前線は常に複雑な波打ちを見せている。これらの現象は基本的に流れと渦の相互作用で説明できるので、日本海に充満する渦動の研究は今後の重要な研究課題である。
図8-2 日本近海の海流図 図8-3 日本海の海流 図8-4 日本海の渦
(理科年表2005) (舞鶴海洋気象台) (NOAA AVHRR近赤外画像)
8.3 日本海の気象
日本海に冬の季節風が吹き出し海上が大荒れになった1990年1月25日の気象衛星ひまわりの雲画像を図8-5に掲げる。前日1月24日には突風と大波により2隻の7000トン級の船が遭難した。画像を見るとロシア沿海州一帯から見事な筋状の雲が出現している。ウラジオストックの沖で発生した筋状の雲は南東方向に伸びたあと東に向きを変えて津軽海峡に達している。酷寒のシベリア大陸から乾燥気塊が北西季節風として日本海上を吹き渡ると多量の水蒸気が補給されて変質する。これがシベリア高気圧の沈降気流が形成する2~3kmの逆転層下に閉じ込められ、下層から加熱されると不安定化して、気層には盛んにベナール型の対流が発生する。筋状雲はこうして発生した高さ1~2kmの背の低い積雲が海上を吹く風の方向に整然と並んだものである。天気図が西高東低の典型的な冬型の気圧配置のとき出現し、山間地に山雪をもたらす。また日本海上層の気圧の谷に強い寒気が入るといわゆる袋状の等圧線型になり、筋状の雲列の南縁に直交して北東から南西に走る雲列を伴う雲の集合体が現われる。これはきまって朝鮮半島のつけ根で発生し、幅を拡げながら帯状に日本列島の山陰・北陸の間に上陸する。この帯状雲はシベリアから強い寒気流出があること、朝鮮半島のつけ根にある大きな山塊で気流が二分され風下の海上低圧部で合流すること、日本海に出て下層から暖められ水蒸気の補給を受ける等の条件が揃うと発生する。収束による強制上昇、上昇気流内の潜熱の放出および上層風と下層風のベクトル差が示す寒気移流で生じた帯状雲には中小規模の低気圧や渦が発生して海上は大時化となる。この帯状雲が上陸する地点の平野部で大雪となる。山雪に対して、これを里雪という。
帯状雲は日本海西部のほか
気象衛星ひまわり可視画像
日本海の気象と言えば雪であろう。狭い日本にありながら、冬の天気は脊梁山脈ひとつではっきりと明暗に分かれてしまう。雪は生活を大きく支配する気象因子であるから、住民にとっては豪雪がいつ、どこで降るかが最大の関心事となる。言い換えれば降雪が集中する時刻と場所を特定する問題である。
陸で大雪が降るときは、海上でも大時化となる。ブイ(北緯37.9度、東経134.5度)の観測によれば1990年1月25日12時(日本標準時)の気象海象は、北西の風19.1ノット、気温-4.1℃、水温12.5℃、波高2.7m、周期8秒で、前日から25ノット以上の強風が吹き続け表面海水は撹拌されて、水深100mの水温が表面と同じ12.5℃であった。気温と水温の温度差から判断して当時の下層大気は不安定であり、突風など激しい気象が起こったと考えられる。先に述べた大型船の遭難は、若狭湾沖の小低気圧による突風と高波が原因であった。
寒波が本格的になる頃、日本海沿岸各地では雷、竜巻、突風など激しい大気現象が多発する。秋田地方ではハタハタ漁が始まる11~12月に雷が鳴ることから、ハタハタを<かみなりうお>という。富山湾では雷鳴とともに雪が降りはじめ、海の幸のブリが獲れ始めることから、冬雷を<雪おこし>とか<ブリおこし>と呼んでいる。一般に雷は稲妻の文字が示すように稲が実る夏の風物詩であるが、北陸では冬を象徴する現象である。
冬の日本海は北西の風をまともに受け、波が高い。日本海沿岸各地の波浪観測資料によると、
日本海のうねりは富山湾の<寄り回り波>が有名である。北東に開いた湾の形と海底地形が関係して特定の海岸で顕著な高波となり、冬の凪いだ日に突然来襲する。浪源は
雪の季節が過ぎ、日本のはるか南方まで勢力を伸ばしていた寒気団が後退し寒帯前線が日本付近に近づくと、低気圧が日本海に入り急速に発達するようになる。この低気圧めがけて南風が吹くと、日本海側はフェーン現象で乾燥した熱風が卓越する。
夏の日本海は、鉛色の冬のイメージとは裏腹に晴天の日が多く、豊富な日射を受けて明るく輝く。全般的に風が弱く穏やかであるため霧が発生する北部海域を除けば航海も容易になる。
まとめ
1 日本海の海底地形は中央部の大和堆が北の日本海盆と南の複雑な海底
を二分する。
2 海底地質に南北の差異が認められる。北部海底地殻には玄武岩質が多く、
南部では花崗岩が多産する。
3 日本海固有水は異常に冷たく、低塩分で、かつ溶存酸素量が多い。
4 対馬暖流は日本海の海況や日本の気候形成に重要な役割をはたす。
5 日本海は閉鎖性がつよく魚類相が貧弱である。
6 日本海表層とくに極前線付近には大小さまざまの渦が存在する。
7 シベリア気団の寒気の吹き出しが強いと日本海は大荒れになり、
日本海側で大雪が降る。
8 日本海のうねりとして「寄り回り波」が有名である。
9 日本海側は気候のコントラストが明瞭で、鉛色の冬のイメージとは
裏腹に夏は明るく、フェーン現象も影響して暑い日が多い。
よくある質問
① 不審船はなぜ日本の領海に侵入してくるのか
(答)工作活動、拉致、麻薬密輸、密航などを行うためと考えられる。
② 密漁船はどこの法律で裁かれるのか
(答)漁業協定などがなければ当該沿岸国の法で裁かれる。
③ 領海侵犯で拿捕された漁船などの事後処理はどうなるのか
(答)基本的には当該沿岸国の法で裁かれる。拘束、取調べ、裁判、
処罰(船舶・貨物の没収、罰金、損害賠償など)を受けることになる。
ときには国家が介入し国際裁判所が仲裁することもある。
④ 2001年に発生した「九州南西海域不審船事案」の船舶を北朝鮮のものと断定
した根拠は何か
(答)自爆沈没した不審船を引き揚げ、第十管区海上保安本部と
合同捜査本部が証拠物の分析と鑑定を行い北朝鮮の工作船と断定した。
⑤ 密漁船、海賊、工作活動船と遭遇したとき自衛隊は武器を使用できるか
(答)警告射撃、緊急避難、正当防衛での使用に限られるが、海賊対処法で
海賊船が民間船舶に著しく接近し停船命令に従わないときは停止のための船体射撃ができるようになった。本法の武器使用規定は「人類共通の敵」である海賊などに向けられる性格のもので日本国憲法が禁じる「武力の行使」にならないことはもちろんである。
⑥ 安全な海上交通路(sea lane)はどのようにして確保するのか
(答)大変な難問である。広範なシーレーンにおいて船舶の生命財産を武力攻撃
や海賊から守る手段は簡単には見つからないからである。マラッカ海峡の航行安全に関する国際協力メカニズムやソマリア沖海賊対策など身近な例があるが、わが国は平和国家路線を堅持して外交交渉を重ね、国際社会と協力して海上交通路の安全確保に努めてきた。
参考文献・用語説明
(1)平 朝彦著「日本列島の誕生」岩波新書、1993
(2)上田誠也著「地球・海と大陸ノダイナミズム」NHK人間大学テキスト、1994
(3)尹 宗煥著「日本海の深層水塊と深層循環」環日本海環境白書2003、2003
(4)対馬暖流の勢力:対馬暖流の層厚はせいぜい300mであるが、その勢力の
指標としては100m深水温10℃以上の海域の面積が用いられる。
(5)宇野木早苗、久保雅久著「海洋の波と流れの科学」東海大学出版会、1996
(6)北日本新聞社編「富山大百科事典」北日本新聞社、1994
(7)国立天文台編「理科年表」丸善、2004
(8)舞鶴海洋気象台編「日本海の気候図」舞鶴海洋気象台、1997
(9)波形勾配:波の険しさを表す用語。波高/波長で定義する。