会誌「富山湾」の創刊にあたり
理事長 高見貞徳
私は「富山湾は眠れる獅子」と考えています。「立山・黒部」の名前が広く知れわたっているのにくらべて、富山湾が無限の可能性を秘めながら、その力を十分には発揮できていないと思うからです。もちろん「ブリ」「ホタルイカ」「シロエビ」などキトキトの魚は有名ですが、「富山湾」がもっと頻繁に顔をだすことを願うものです。
富山県には急峻な川がたくさんあります。かつて、終戦直後は全国有数の水力発電所のメッカでありました。そのため港湾に接する富山岩瀬地区や高岡伏木地区は水力発電、化学工業、製鋼・製鉄工業など重工業が盛んでありました。豊富な水力と富山湾を往来する船と港が背景にありました。そうした影響もあり、現在では機械の精密加工業やアルミサッシなど「ものづくり」が盛んに行われています。
富山は薬業や米作りが古くから盛んです。この産業の発展にも北前船の活躍がありました。
こうした先人の努力が実り、現在富山県民一人当たりの所得は全国7位にランクされております。これは経済的に大変に恵まれていることを示しています。富山県人は性格がおとなしく無駄な失費をせず貯金を好みます。県外出身で富山に長く住んでいる方々の話を総括しますと、富山県民はよく言えば、賢くしっかり者で「そつ」のない人が多いようです。わるく言えば、自分に不利なことには「我関せず」で、だんまりを決め込み、損をしそうなことには極めて慎重であるといえそうです。
海について言えば、富山湾に関わりを持たなくても困らないから、いまさら新しいことに手を出さなくていいのではないかと考える県民性です。
海は私にとっては専門外の世界ですが、富山湾には強く惹かれるものがあります。現在の富山湾は漁業、港湾、観光で地域の発展に大きく寄与していますが、深層水の高度利用、温度差や波浪など海洋エネルギーの技術開発、海洋防災対策、水質環境の浄化や海岸の美化、藻場の育成や人工漁礁の設置、海洋微生物の研究など夢のある課題がたくさんあります。
富山湾の可能性は無限大ですが、私自身にできることは限られます。幸い、私の周りには「こよなく海を愛する人」、「富山湾をいつまでもきれいにと願う人」、「富山湾をもっと活かしたいと考える人」がたくさんおられるので、そうした方々の助けをお借りして「富山湾を知り、守り、活かし」たいと思います。こうしてNPO法人「富山湾を愛する会」が誕生しましたが、わたしは活動推進の黒子としてささやかながらお役に立ちたいと考えております。
この度、会誌「富山湾」を創刊することになりました。まだ活動も緒についたばかりで面白い情報発信もできませんが、皆様方のご意見や富山湾への「想い」あるいは「アイデア」を伺いながら紙面の充実に励んでいく所存です。今後とものご支援とご鞭撻を心からお願い申し上げる次第です。
NPO法人「富山湾を愛する会」では皆さまから「富山湾についてのあなたの夢」という題で寄稿をお願いしております。どのような事柄でも結構ですので自由に夢を語っていただけば幸いです。
夢は様々な可能性や問題の所在を示唆してくれますので、すぐ実現できなくても海に関する起業への足がかりを与えてくれるかもしれません。ご提案いただいた面白いテーマは、「富山湾を愛する会」のホームページを利用し、さらに議論を喚起したいとも考えております。
「海の波に対する私の夢」
会員 石森繁樹
富山湾を目の前にして思うことは「海をもっと知りたい」ということである。なかでも、海の波浪に強く惹かれる。波浪は風波とうねりに区別されるが風波の動きは捉えどころがなく、じつに不規則である。波には弦の振動でも電波でも、山と谷がある。海の波も事情は同じだが、海面の盛り上がった凸部(山)に注目しても、高まりは忽然と消えて予期せぬ所へ移ってしまう。こうした波は数理的な扱いや観測が難しく、残念ながら今も正確な波浪予測情報は提供されていない。かつて海のきらめき(glitter)から波のスペクトルを求める壮大なプロジェクト(1)があったが、天候に左右されて、おもわしい成果が得られなかった。技術が進歩して人工衛星搭載のレーダが利用できる時代であるから波浪モデルの改善と並行して実海面の観測を充実させたいものである。気象衛星が雲の映像を送ってくれるように、宇宙から波の状態を示す海の天気図が届けられる日を夢見ている。
波浪は風のエネルギーが水のエネルギーに姿を換えたものである。鏡のような海面には波エネルギーがなく乗船者には具合が良い。しかし、幸か不幸か、海には常に波がある。恵みの神は海面に沢山のエネルギーを与えてくれている。
富山湾にもその利用例がある。伏木富山港の航路標識ブイは中央に筒をつけた浮体を海に浮かべたもので、波のエネルギーで光が点滅する。ブイが波とともに上下すると筒中の水面の動きでシリンダー内の空気が圧縮される。この圧力で空気タービンを回して発電し蓄電池にためて使用するが、周期2.8秒、波高0.25mの波でも40Wの出力がある。海水浴場でウィンドサーフィンを楽しむ人は波の前進するエネルギーを活用している。最近、波のエネルギーで走る船が話題になった。これを逆手にとって(波のエネルギーは一般に表面付近に限られることも考える)揺れない乗り物ができたら、海のファンも増えることだろう。さらにスケールメリットを考えて広い静的空間を創造できないかと夢想する。そうなれば広大な海もち国(日本は国土面積の約12倍の排他的経済水域を有する)に似合って海上遊園地があちこちに誕生する。
波の役割は、海面における物質交換や海洋生物の活動、生態系の維持など多方面にわたる。海辺において寄せては返す波を見ていると、無常を託(かこ)つ人の心と共鳴するせいか不思議に心が安らぐ。これも波の大切な効用の一つに数えてよいだろう。
波には災害をひきおこす厄介な面もある。昨年2月に富山湾の高波被害で2人が亡くなり、各地で防波堤や護岸が被災した。伏木港の防波堤(長さ15m、2500tonのケーソンを横一列に100個並べた構造物、全長1500m)が800mにわたり破壊された事実は波エネルギーの凄まじさを物語っている。ここで気になることがある。この波が富山湾で知られる寄り回り波かどうかの議論に基本的決着がついていない。理由は衆人を納得させる寄り回り波の定義がないためである。定義づけには観察が不可欠であるから、飛行船やハンググライダーによる空撮がし易くなって、まれにやってくる波を「よく観てみたい」と筆者は夢みるのである。
昨年の高波災害はその後、復旧工事が進み入善海岸では現状復帰にとどまらず護岸堤を嵩上げする補強工事がなされた。それはそれで良しとしなければならないが、現今のように波の力と正面から対峙するほかに有効な手立てはないものだろうか。
以前、工藤昌男氏は『海からの発想』(2)の中で、遠浅海岸のV字型防波堤による海岸造成と急深な海岸での波消作用と波浪発電を兼用した堤防建設を提案している。NPO法人「富山湾を愛する会」会長の高見貞徳氏は進入波に対して直角壁で受け止める現行の工法を改善し、藻場造成も取り込むなど多角的な柔構造による方法を模索している。
最近のサモアやスマトラで発生した地震津波は他人事ではない。日本海東縁は活発な地殻変動帯である。津波への警戒心を強くもち、富山でも10メートル津波の来襲に備えた対策樹立が必要であると考える。
海には未知な点が多い。海洋への関心が高まって海洋波浪に対しても観測や波エネルギー利用や災害対策について一層活発な取り組みがなされることを期待したい。
(1)三好寿『波・津波』河出書房、1971
(2)工藤昌男『海からの発想』東海大学出版会、1975